2019/01/20

2019年、平成最後の散歩部初詣


去る1月5日、散歩部初詣です

毎年恒例となってきました


昨年同様新宿アルタ前集合
新年早々うきうきウォーキング
あっちこっちそっちこっち
行ってみよう

という書き出しは昨年も同じでした
成長がなくて悲しい
語彙力の無さを痛感しております


昨年同様駅地下で


昨年同様ベルクのモーニング


しかし今回の散歩、昨年とは違い女性が加入
いつものAちゃん、Mさん、僕、そして新人AYM

正月の間、完全に昼夜逆転し、全く太陽を見ていない
そんなAYM

そもそも8時の集合に来れるのか心配だったのです
前日から「来れないなら早めに連絡を」
「遅刻10分までは待つ」と僕に言われた上に
彼女、父親にも
「なんでそんな無茶な約束をするのか」
と言われたそうです

安心しました、ちゃんと来てくれました


今回の目的は初詣


総武線に乗り


秋葉原


アニメの街としての貫禄も充分


そしてアイドルの街でもあります
多くのアイドルグループがAKBに端を発し
「近づけるアイドル」として
「推しメン」「握手券つきCD」が
メジャーから地下まで、広まっていきました

昔からマニアック、もしくは
オタクの街と言われていましたが


ここにはバスケットボールコートがあったと記憶
もともとオタクの匂いが薄かった場所は
綺麗になった後も相変わらず、薄いまま


中央通り側
家電の店も多くありましたが
今ではオノデン坊やが目立つぐらい
あんなにCMで見た石丸電気もサトームセンも
見る影なし

パソコン販売店の代表格ラオックスは中国資本となり
中国人観光客が多く集まる免税店として、
「爆買い」の代表格として生き残ることとなりました


電子パーツの店が集まるラジオデパート
ラジオ会館、ラジオストアー、ラジオセンターなど
これらラジオの名のつく建物は
電子部品系の小売店が入る商店街、デパートとなっています

歴史を遡れば、
江戸初期から市場として発展、
昭和初期から平成初期まで駅前に青果市場がありました

明治後期には鉄道貨物の取扱所があり
物流拠点として卸売業が発展
戦後は軍から流れてきた電子部品を取り扱う
闇市が形成されたそうです
それらを束ねたのが上述のラジオな建物たちであり
このラジオは無線を意味するものとのこと

それらはやがて、家電の街へと繋がっていきます

パソコン黎明期からパソコン文化の中心でした
僕がMacintoshを初めて手にしたのが1994年で
当時はMac関連製品は秋葉原にしかありませんでしたから
Windows95が爆発的ヒットをする前の雰囲気を
かろうじて、なんとなく覚えています

その頃にはすでに、アニメや漫画の店が
今ほど全面的ではなくとも、多数存在していました
それらはほぼ「性的」なものでした
男子の鬱屈した、偏屈な性的欲求が
隠れて、秋葉原の渦の中心となりつつありました

今ではそれらが全面に押し出され、一つのカルチャーとして
今の姿になったと僕は考えます


「リアル」のAKBたちも二次元に


性的な誘いの匂いがしますが
あくまでコスプレの健全な店らしいです


秋葉原神社とありますが神社ではなく
足湯のメイド喫茶でした

かつてフィギュアの供養等をしていた
本当の神社だったそうですが
ほぼ1年でやめてしまったとのこと

そもそも、秋葉原の語源として、
秋葉神社というのが実在します
今では上野へ移転していますが、
このお店とは無関係です

朝からツッコミどころがやや多めです



さて、長くなってますが本題の初詣へ


交差点名は神田明神下

秋葉原を含め、大手町丸の内築地あたりまでの
総鎮守として名を馳せる大神社、神田明神


緩やかな坂を登ると


まだまだ正月の賑わい


鳥居脇の天野屋
古い狸の信楽焼が立派です


千代田区の指定有形文化財となった麹室は
今でも現役


さすが、神の田の地におわす神社
立派です


良い天気


ハートのオブジェにおみくじを結ぶ
ライトアップもするようです
インスタ映えもバッチリ


大黒天様に商売繁盛願いましょう


カフェ・ショップすらある
池上本願寺もそうだけど、神社も新時代だなあ
赤い褌が売ってたりした


僕のおみくじは吉
AYMは見事、大吉!


これが「さざれいし」!
苔はまだむさないか〜


明神男坂を降ります


今日は坂も堪能したいと思います




古げなお店がちらほら
左中仙道の道標はなんだろう?


蔵前橋通り
裏参道からの階段も素晴らしい




吉夢の看板があったのは清水坂下


膝に負担をやや感じる程度の勾配


途中で右に曲がると妻恋神社


かつては日本七稲荷に数えられるほどの活況だったらしい


神社の前の道は妻恋坂

左に折れると


立爪坂


猫ちゃん


レア標識


湯島方面へ歩くと、右手に見通しの良い
素晴らしい坂、三組坂


非常にクラシックなラブホテル
場所が場所だけにギラギラ感は薄いが
湯島一帯に花街があったことを
密かに匂わせる存在
もう少し先へ行けばもっと匂いがプンプンする


都内で最近よく見る場面
古い建物が消え、残された建物の
隠れていた窓のない面が露わになった姿
この画廊となっている古い家が
とてもフォトジェニックだと思いました


だんだんと見えてきたのは


湯島天神




受験を控えた学生たちが多勢
こういうところでインフルエンザもらったりしないように
しっかり健康のことも願うといいと思います




築50年の湯島ハイタウン
周囲の環境が良く、便利なエリアのため
古いのに人気、やや高めらしい

切り通し坂を登ります


大鳥居

しばらく行って左に曲がればそこは


サッカー通り

ここもいい坂でした


サッカーだけに坂ですね

ねずっちです!


サッカーミュージアム

ついさっき調べるまで
天皇杯が元日じゃなくなってたことを知りました


殿堂入りしたサッカー関係者の
肖像レリーフが飾られていました

最新はラモス瑠偉
髪の毛の再現が大変そうでした


サムライブルーは冬の青空に映えて綺麗


雑居ビルのような建物群の中にも
時々こうして立派な古いお家があるエリアですね


まだまだ散歩部は始まったばかり
もりもり歩きましょう


女性に厳しいことで良く知られる
東京医科歯科大学の裏手を歩くこの道は
先ほど通った神田明神への道でもあります

ぐるりと大回りしてやって来たのは
神田明神のお向かい


湯島聖堂

最近では地下アイドルが
下半身不随になる事故があったこの場所

日本学校教育発祥の地とのことで
天神ほどではないにしろ
こちらにも受験生がちらほら

中はまるで天下一武闘会ができそうな広場


江戸時代の儒学者、林羅山の建てた
孔子廟をルーツとして昌平坂学問所となったそうです


筑波大学、お茶の水大学のルーツであり
跡地は東京医科歯科大学になるなど
文京区を文京区たらしめる元祖であります


その脇の聖橋からの眺めがよい
順天堂大学も見えますね

神田川を見下ろせばそこは御茶ノ水駅です


昌平橋方面をのぞむ

本郷、湯島、神田、ここ御茶ノ水にかけて
「神田山」と呼ばれる台地でした
江戸時代、この神田川の掘削によって分けられ
北側は湯島台、南側は駿河台と分離されます
そしてこの見事な谷あいの景色を茗渓と呼びます

鉄道好きの定番スポット
総武線、中央線、丸ノ内線の3本を
同時に撮影することはなかなか困難です


昌平橋から見上げる視点も
よく語られるポイントです




さあランチタイム
いつもの散歩部はよく難民となり
なんの変哲も無い店で済ますことがしばしば

でも今回は一応の目星をつけておきました
キッチンカロリーも気になりますが
神保町方面へ歩きましょう


御茶ノ水駅の南側は楽器店街

明治後期に東京フィルハーモニー交響楽団、
少し遅れてNHK交響楽団
そして銀座のダンスホール、ジャズブーム
日本の洋楽文化黎明期、
下倉楽器、イシバシ楽器、谷口楽器と
立て続けにオープンしたことが楽器店街の基礎となったそう
中古楽器店も多いのは、
貧乏な学生たちがよく預けてお金に替えて行った
(質入れした)から、ということらしいです

ディスクユニオンやジャニスに代表される
中古レコード/CDの店もあります


明治大学
ラグビー部が先日大学選手権で優勝していました

先ほどの湯島聖堂周辺にとどまらず、
日大理工学部、駿台予備校など、学び舎が本当にたくさんあります


GHQに接収された過去がある
山の上ホテル


オバちゃんたちが髪を切ってくれる
格安理容店ユニーク


坂を下降りた、駿河台下交差点
神田小川町、靖国通りにはスポーツ店街
スポーツ店が林立した背景として
明治期に「美津野」という店が
大阪からやって来たことが発端とのこと
現在のMIZUNOですね
かつて大学野球はとんでもない人気だったそうですから
大学が多いこの地にスポーツ店が店を構えるのは
ごくごく自然な流れかもしれません

この交差点の石井スポーツから、
小川町駅方面にずらっと並びます

「私をスキーに連れてって」の大ヒットで
一躍、スキー用品の街として注目されたそうです


反対側を向けば神保町の古書店街

御茶ノ水界隈の優秀な学生たちが書籍を求めることから
自然に書店街が形成されたそうです
小学館などの出版社も多くあります
古書店も有名ですが、専門書の街でもあります

書籍不況のこの時代、
あの書泉の看板のように
ジャンル特化の書店が
これからの生き残り方でしょうか



御茶ノ水、小川町、神保町
それらの専門店街は主に学生たちを中心とした
文化形成であることが伺えます

そして、カレーの街としても有名です
カレーに限らず、グルメな話題の尽きない街です


スヰートポーヅはまだおやすみ


ホットケーキの店TAMTAMは大行列


その脇の名店、さぼうる


本日のランチはこちら
さぼうる2で、と決めていました
昭和なメニューが可愛らしい


深い皿に山盛り、Mさんビーフカレー大盛り
北極の氷山は海面の上に出ている分よりも
海中の体積の方が大きい
そんなことを思いました


こちらはAくんナポリタン大盛り
期待を裏切るどころか盛って来ます


僕はバジリコ大盛り
バジルの風味は?でしたが、
焼きそばっぽい見た目を裏切らない
洋風焼きそばのような味でした

AYMはハンバーグでしたが
目の前の1富士2富士3カレーに夢中で
写真撮るの忘れました…

スペシャルな美味しさではなくとも、
普通に美味しく、楽しく食べられました
食後にコーヒーもつけて、大満足




お腹が過剰に膨れると、疲れも伴って
明確な意思決定ができなくなる気がします

そんなぼんやりした感じで
気ままに歩くこととします



小学館の隣は集英社です
一見ライバル同士のようですが、集英社は
もともと小学館から分離独立したものです


学士会館
かつては開成学校という洋学の学校があった場所で
のちの東京大学となるものです


我が国の大学発祥地としています


そしてさらに


日本野球発祥の地でもあるとのこと
東大が「第一番中学」だった時代に
教師であったホーレス・ウィルソン氏が
生徒たちに教えたことが始まりなんですと

遠目に見たらなんだかわからん上に
近くで見るとリアルすぎて怖い


そしてよくよく見ると、
縫い目が日本とアメリカを繋いでいる

完成度高い発祥の地の碑です
大抵、文字が書いてあるだけのもんですが
本当によくできています


学士会館は国の登録有形文化財です


ぼんやり歩いて来たら経団連のビルが見えます
大手町ですね


スポーツウェアが群れをなして
ウォーミングアップ


気象庁


パレスサイドビル
毎日新聞社のビルですね
50年以上前の独特な建築です
非常に美しい

パレスサイドというだけあって


すぐそこは皇居のお堀なわけで



ランナーの多いこと

ランナー目線からはいいことづくめの周辺環境ですが
歩行者からはものすごく不評ですね
確かに歩いていてあまりいい気はしませんでした


大手門に行列
この先に高貴なお方の作る
おいしいラーメン屋でも
あるんじゃないでしょうか
並んでみましょう


食券の券売機はありません
立派な門構えです


石垣すごい!



瓦に葵の御紋!


石垣すごい!(2度目)


あんまり整ってたんで、崩れないなんてすごい
と思ってたんですが、補修してたみたいです
そりゃそうか


屋敷の幅が長い!



あるけどあるけどラーメン屋はありませんでしたが
見事な石垣と庭園です
まあ入る前からわかってましたよ

ここは東御苑と言って、無料開放されているエリアです
行列は単なる手荷物検査です


冬枯れの雑木林


鏡のような池


波風がないと本当に綺麗に写りますね


たかそうな錦鯉
ヒレがフワフワ系の女子力高め


神田明神で褌を買っていたら
間違いなく打たれていたでしょう


西日がいい色と雰囲気を演出


早くも梅が咲いていました



急坂を登って石垣の上へ



また石垣だあ…


なんと江戸城の天守跡



謎階段


1657年の明暦の大火で
とんでもなく豪華絢爛巨大な天守は消失
その後、改めてこの天守台が築かれたものの
街の復興を優先し、天守閣は建設されなかった
以降、天守台だけがこのように残っているそうです

ちなみに、先述の林羅山先生
この度の火事で家とあらゆる蔵書が焼けてしまい、
ショックで亡くなったそうです



見所多くなかなか楽しい


外国人観光客に
柿が大人気


なんででしょう…


立派な文旦にも足を止める人が多く


季節を感じられる素晴らしい庭園でした


セントラルパーク的な雰囲気もある


先日、泉岳寺で赤穂義士たちの
お墓を見て来ましたが、

その発端となった松の大廊下
浅野内匠頭長矩がどういうわけか
朝廷への挨拶と使者への接待をする大事な日なのに
吉良上野介義央を斬りつけた大事件

浅野長矩は即日切腹、赤穂浅野家は取り潰しに
喧嘩両成敗のはずの吉良義央は沙汰無し

これに納得しなかった浅野の忠臣たちが
復讐するという事件ですが


なぜここにお供えをするのか
それも、焼けていないサトウの切り餅
ここでは死人が出ていません
お供えするなら泉岳寺の墓の方がまだマシ
でもこんなのゴミ捨ててるのと変わらんでしょ…


すっかり影が伸びてきました


売店の早見優の色褪せ方に
感動をおぼえつつ


散歩は続きます




皇居前広場から
後ろを振り返れば


東京駅


ゆりかもめたちのフン爆撃に怯えつつ


丸の内ウォーク
散歩のシメを探しに歩きます



三菱一号館


国際フォーラムを通り過ぎ


有楽町駅

選んだ店は


素敵な扇風機の設置された


交通会館の地下の喫茶店
ロイヤル


季節のフルーツパフェをいただきました

ここで丸の内のライトアップの話になり
そろそろライトアップされるんじゃないか、
じゃあ、見てから帰ろうかということで


17時、
来た道を戻ることに


新年早々の夜の有楽町


昭和の名残を横目に


三菱一号館(2度目)

予想通りライトアップ始まってますね


しかし、こちらはまだ
時間を調べたら17時30分からだった


東京駅
寒い中、フォトジェニックに体を張る


振り返ったら、ライトアップ始まった


丸の内センタービルの前は人影まばら
でも、直線でずーっと遠くまで
続くイルミネーションは見事ですね


なんか刃傷沙汰でもあったんじゃないか
みたいな真っ赤なライトアップや



ビルの前の巨大な謎オブジェを堪能


東御苑でみた大きな空はここにはない


日本橋川をわたると空気一変



神田駅周辺の夜
さすが新年の土曜日なので静かです


広島に本店があるお好み焼きの店カープ
行列ができてました


神田駅前が綺麗になり
やがてこのあたりも変わっていくのでしょうか

ほどなくして


万世橋
夜の秋葉原が輝いて見えます


今ではショッピングモールとなった万世橋駅跡
かつては神田の繁栄とともに
大きく栄えた駅でした
東京駅駅舎を設計した辰野金吾による駅舎で
赤レンガの建物だったそうです

やがて東京駅、秋葉原駅が開業、
関東大震災での崩壊もあり、規模は縮小
博物館がここに移転してくると
やがて駅としての営業は終わりました

博物館が閉鎖、大宮に鉄博がオープンした後は
遺構を生かした再開発が行われ
現在の姿となりました


夜の秋葉原は賑わい


かつての姿に思いを馳せつつ
また新たな年に散歩ができることを
かみしめつつ、ふみしめつつ
喜んでおります

今回はちょっと多めに歩いてしまいましたが
果たして、次回はどこに行こうか
頭の中は次の散歩でいっぱい
散歩部の活動回数を増やせたらいいな
と思っています

Aくん、Mさん、そしてAYM
みなさんお疲れ様でした〜


今回は自分用のお土産に


東御苑で「江戸城の昔と今」を購入
400円でこのボリュームはすごい!
いい買い物しました〜